第39話　含んだものの意味

　その日の夕刻にはシルビアを歓迎するという趣旨で少人数に限った晩餐の席が、ミズガルズ王国の宰相であるセルシオが自ら手配して設けられた。

　王族や御三家と呼ばれる有力な貴族、国内外の流通を掌握する大商人などを顧客に持つミズガルズ王国内でも指折りの高級レストランが晩餐の場となった。

　総座席数が百五十を越える規模でもミズガルズ王国内屈指のレストランにあって、限られた上得意のみが通される最奥の大きな個室が会場となった晩餐には主催のセルシオと主賓であるシルビアの他に、シルビアの案内役を自ら買って出たアルテッツァとパートナーであるセリカ、セルシオの計らいで招かれたステラ、そしてセナート帝国が主催する祝賀会への案内役としてミズガルズ王国を訪れたシルビアにとっての主たる対象となる首席魔道であるカイトが出席した。

　シルビアを歓迎する短い挨拶を述べたセルシオが乾杯の音頭を取り、六人だけが参席する静かな晩餐は始まった。

　微かに張りつめた空気の中にあっても、シルビアは余裕を感じさせる微笑みを絶やさなかった。

　微笑を操るシルビアの様子に触れたカイトは、覇権国家の代理人としての自覚と自信をシルビアから感じ取った。

　三杯目となる赤ワインが注がれたワイングラスを傾けてから、音を立てずにワイングラスをテーブルに置いたシルビアが口を開いた。

「良い機会かと思いますので、帝都での祝賀会への招待に応じてくださったゲストについて手短にお伝えしておきましょう」

　提案する口調で口にしたシルビアの言葉に対し、真っ先に反応したのはセルシオだった。

「それは、ぜひ拝聴したく思います」

　セルシオが短く促すのに応じて、シルビアはゆったりとした所作でうなずいてみせてから、カイトを主賓とする祝賀会に参列する魔道士の名を挙げ始めた。

「此度の祝賀会に際して、王侯貴族はもとより政治家や資産家といった魔道士以外の有力者は一人も招待しておりません。魔道士のみを招待した祝賀会の席となります。ブリタンニア連合王国メーソンリー魔道士団の首席魔道士であられるヴァルキュリャ・ニューウェイ卿。ゲルマニア帝国アイギス魔道士団の首席魔道士であられるインテンサ・グンペルト卿。アメリクス合衆国ワキンヤン魔道士団の首席魔道士であられるトゥアタラ・シェルビー卿。ビタリ王国トリアイナ魔道士団の首席魔道士であられるウアイラ・ディナスティア卿。ガリア共和国シャノワール魔道士団の首席魔道士であられるシロン・セリパノフ卿。以上となります」

　すらすらと淀みなくシルビアが口にする、覇権ないし列強と呼ばれる大国の筆頭魔道士団のトップである首席魔道士たちの名を聞いたセルシオは、感嘆のため息を隠さずに漏らした。

「錚々たる顔ぶれですな……太魔範士と英魔範士が勢揃いですか。聖皇国以外の他国からの招待には滅多に自ら応じることが無く、共に出無精として知られるヴァルキュリャ卿とトゥアタラ卿も招待に応じられたのですね」

　セルシオが感想に驚きを持った理由も付け加えると、余裕の笑みを操っていたシルビアの笑みが微かに深くなる。

「ヴァルキュリャ卿とトゥアタラ卿が我が国の招待に応じてくださったのは、新たな太魔範士であられるカイト卿を祝賀する席というのが大きな動機となったのかと思われます。シーマ陛下は此度の祝賀会を大変に楽しみにしておいでです。エルヴァ卿の御出席が叶わなかった一点だけを残念がっておられました」

　弁舌がさらに滑らかとなるシルビアに対し、そこまで会話に踏み込む様子をみせなかったアルテッツァが口を開いた。

「覇権国家と列強国の首席魔道士が一堂に会するとなれば、現在の聖皇であられ、聖皇国の君主でもあられるフィデス陛下の就任と即位に際する戴冠式以来の集まりとなりますね」

　アルテッツァが敢えて今回のセナート帝国が主催する祝賀晩餐会へ参席しない、ウァティカヌス聖皇国の首席魔道士エルヴァと代理権を持つ次席のクーリアの主であるフィデスの名を出したことの意味を察しながらも、シルビアは余裕を感じさせるゆったりとした首肯を返してみせた。

「各国の思惑が絡み合うせいで、なかなか集うことも困難な主要な国々の首席魔道士が集うには、カイト卿への太魔範士の授与を祝賀する席は絶好の機会かと」

「参列者が魔道士のみ、というのは何故ですか？」

　アルテッツァが端的に疑問だけを口にすると、想定内の質問であることを示すようにシルビアはすぐさま答えた。

「各国の様々なしがらみを抜きにして、魔道士のみの席で胸襟を開いて語り明かしたい。シーマ陛下はそう仰っておりました」

　そこまでほぼ無言を貫いて黙々と料理を口に運んでいたカイトが手を止めると、ナイフとフォークを置いてから口を開いた。

「戦場における国家の全権代理人となる筆頭魔道士団に属する魔道士、しかも列強の首席魔道士たちが集まって、その場で胸襟を開けるものでしょうか？」

　カイトの発言を歓迎するように、シルビアはやわらかな微笑をカイトへ向けて答えた。

「今までにない集いとなる、やもしれませんね」

　含みを持たせたシルビアの言葉に、カイトは微かな不穏を感じ取った。

「……何か、祝賀の晩餐会に合わせた、別の催しでもお考えですか？」

「ゲストに愉しんでいただくために、ホストは趣向を凝らすものです。どうかご期待ください」

　目の前で微笑を操るシルビアという女性は決してぼろを出さない。カイトはそう判断すると、ふたたび料理を口に運び始めた。

　列強の国防を象徴する首席魔道士たちの集い。そんな場に自分の席が用意されている。

　カイトはこの異世界に来てからの自分の立場をあらためて思った。

　放っておいてくれない立場、そして自分が得た大きすぎる力。全てを放り出してしまえたら、どんなに楽になるんだろう……もはや許されない欲求だとは理解していても、そう思わずにはいられなかった。

　ふとストーリアのぬくもりが無性に恋しくなる自分に気付いたカイトが思ったのは、情けないというよりも「これが自然な反応なのかな」という特異な立場に立った自分への慰めだった。